出でよ起業家〜ピンチはチャンスだ |
| 県商工労働部 |
| 部 長 迫 一 徳 |
|
10年前の古い話を,評論家的に書くことを許していただきたい。将来を展望するに際して,過去を振り返るのも意味があると思うからである。平成元年度から二年弱,工業振興課長を勤めた。当時は,景気の拡大期で,企業活動は堅調で,旺盛な設備投資意欲があり,本県への企業立地件数は連年記録を更新した。毎週どこかで立地協定調印があった。中小企業では人手不足が深刻化しつつあった。県が企業誘致をすれば,地元の中小企業は人手を確保できなくなるとの厳しい指摘を受けたものである。文字通りうれしい悲鳴であった。当時の景気拡大は4年連続しており,いざなぎ景気を抜く記録になると予測され,企業経営に好影響が及んでいた。しかし,人手が確保困難で事業拡大ができない,受注量をこなすのに必要な人員が確保できないなどの問題が顕在化していたのである。外国人労働者の受入れも真剣に議論された。円高構造もしっかり定着し,企業の海外進出が始まり,ボーダレス化が急速に進展した。企業の海外進出が相次ぎ,国内産業の空洞化が懸念され,海外との企業誘致競争も始まったのであった。 当時は,もう一つの深刻な事態が起こりつつあった。それは,企業等の開業率が次第に低下し,閉業率が高まりつつあるということであった。開業には,当然に資金が必要で,この資金によって人材や情報等の経営資源を調達しなければならないが,当時は,新規参入のコストが高騰しつつあるとともに,起業家となる可能性のある人々に独立意欲が見られないという事情もあった。開業率の低下は,産業の活力を停滞させる要因になることから新規事業の立ち上げが重大事であり,当時は,頭脳立地法に基づき「鹿児島地域集積促進計画」を策定し,出資者を募り(株)鹿児島頭脳センターを立ち上げることが喫緊の課題であった。私が,インキュベータ機能や対事業所支援のための業種展開を図ることに重点を置いたのも,起業化を支援すべきだとの強い気持ちからだった。 あれから10年経ったが,バブル景気の後遺症が癒えず,度重なる国の経済対策にもかかわらず,我が国経済は惨憺たる状況にある。Too-lateで,Too-littleであったのであろうか。 個人消費も企業の設備投資意欲も回復の気配が見えないなかで雇用失業情勢は過去最悪の状況になり,倒産閉業廃業は起業開業をはるかに上回っている。私は産業企業にも寿命があると考えており,倒産閉業廃業という事態は避けられないものがあると思う。戦後日本のリーディング産業の変遷を見れば,石炭,繊維,鉄鋼,造船,重化学,石油化学,自動車,家電,コンピュータ,携帯電話,マルチメディア産業等が興亡をくり返してきており,多くの中小企業は下請分業構造のもとで,これらリーディング産業と運命を共にしてきている。親企業への対応力の格差が中小企業の経営力格差となっており,産業の変化の先読みをし,それに適切に対応する能力が経営者に求められることがわかる。 いま,産業・経済・社会ともに構造的な転換を避けられない状況下にある。こういう状況をピンチはチャンスというのではあるまいか。過去における開業状況を見ると,生産・出荷額の伸び率が高い業種で開業率が高くなっている。これからはコンピュータ・通信・画像処理の技術が三位一体となったマルチメディア産業の関連分野に新規参入のチャンスの芽があるのではなかろうか。テクノポリス法も頭脳立地法も廃止され,新たに新事業創出促進法が制定され,県としても新産業を興すため,法に基づく新事業創出促進の基本構想を策定し,この中で,民間の主体的・自主的な起業化を支援するための体制を明らかにすることとしている。その支援において工技センターに対する期待は大きく,センターが果たすべき役割は重かつ大である。センターから起業家が出るもよし。
|
| 目 次 |